イタリア鉄道ざんまい

数年前にイタリアに行った時のことです。ミラノから入って、シチリア島までめぐる予定の旅でした。バックパックを背負っての貧乏旅行。移動はもちろん列車です。
 ミラノ郊外のマルペンサ空港に降り立ち、そこから市街地まで、列車に乗り込みました。しかし、他の乗客は誰もいません。後で知ったのですが、空港からは、バスの方が本数も多く、運賃も安いのでした。そんなのっけからプチ失敗の旅が始まりました。
 ミラノでの宿は、日本ですでに予約してあったのですが、それ以降はまったくノープラン。ミラノの市街に到着したのは、夜の8時過ぎ。もう辺りは暗くなっています。腹ごしらえにと、街を歩き回ったのですが、イタリア語がまったくできなかったので、結局は、降り立った駅まで戻って、持ち帰りのピザを買う事に。気軽にピザとフルーツとサラダを頼んだのですが、その量の多いこと!ホテルの部屋で、全部を平らげるのに、そうとう時間がかかってしまいました。
 次の予定地は、ベネチア。次の目的地に移動する前に、宿はネットで押さえて置く事は決めていたので、ホテルの部屋からネットに接続。当時は無線LANなんて復旧していなかったので、ホテルの電話線を引っこ抜いて、アナログのモデムで事前に契約してあったAT&Tのアクセスポイントにダイヤルするという荒技を使ってネットにつなぎました。
 ベネチアでの宿は、本島の中のホテルは手の出る金額ではなかったので、ベネチア沖に浮かぶリド島というところに決めました。これがよかった。ベネチア本島は、全て石畳で、風情はあるものの、木や花と言った緑がまったくなく、歩いていてなんだか息苦しい感じでした。それに打って変わって、リド島は、家の庭々に木々が植えてあり、散歩するととても清々しい気分になれました。そして、なんだか見た事のある古い建物の前に。なんとそこは、ベネチア国際映画祭が開かれる会場だったのです。映画ファンの私は、思わぬ出会いに大盛り上がり。予測しない出会いほど嬉しいものは、ないもんんだなと嬉しさを噛み締めました。
 その後、ベネチアを出て、ボローニャ、フィレンツェ、ローマと点々としながら、列車の旅を続いていました。ローマの後は、6時間ほど列車に乗って、一気に南の端のレッジョディカラブリアを目指します。しかし、その日は、なぜか、目的地であるレッジョデの宿を押さえていませんでした。旅に慣れたせいか、「到着してからで良いか」と、思ったのです。
 そして、列車は一路、レッジョデへ。後少しで到着、という時に、不意に列車が停車しました。「なんで停まってるの?」と窓から外を覗くと、なんと列車がバックし始めたのです。「なんで?なんで」と軽くパニックになっていると、なんと、フェリーの中に入って行くではありませんか!一両ずつ分解して、船に横並びで車両が入っていきます。そして、あれよあれよという間に、フェリーは出発、シチリア島に到着したのです。実は、旅の前に、唯一きっちり決まっていたことに、レッジョデで一泊した後、次の朝早くシチリアに渡って、フェリーに乗る予定があったのです。そのフェリーは、シチリアの西側、カターニャという港を正午に出発します。レッジョデを当時の朝に出て、カターニャに正午に着けるかどうかは、正直分からない状態でした。そんな中、乗った列車がシチリアに渡り、気がついたら、夜のカターニャ駅に到着していたのです。
 イタリアは、南に行くほど治安が悪いと言われています。ここは、南もいい所。真っ暗の中、本当にヤバイんじゃないかと、震えていたところ、ものすごくガタイの良い警察官に話しかけられました。つたない英語で、「宿を探している」と言うと、警官は携帯でどこかに電話し、ついてくるようにジェスチャーをしました。なんだろうと思い、ついていくと、駅にほど近い宿屋に案内してくれたのです。風呂も、トイレも共同でしたが、ありがたいことこの上ありません。
 思えば、レッジョデに宿を押さえなかったのも、偶然乗った列車の車両がシチリアに渡ったのも、警官にあったのも、すべて予測していなかったことでした。こんなにラッキーでいいのだろうか?と不思議に思いながら、眠りにつきました。結局、ローマから8時間以上、列車に乗ってたどり着いた、この宿屋の名前が「ホテル・ローマ」だったのも、土産話にできるエピソードだったりします。